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刺青

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刺青

Auteur(s): 谷崎 潤一郎
Narrateur(s): 野口 晃
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世の中が今のように激しく軋み合わない時分、当時の芝居でもすべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった。そのようなのんびりした世間の頃、清吉という腕ききの若い刺青師がいた。清吉の刺青は奇警な構図と妖艶な線とで名を知られていた。浮世絵師をしていただけに、刺青師に堕落してからの清吉にもさすが画工らしい良心と、鋭感とが残っていた。
しかし、清吉の心を惹きつける程の皮膚と骨組みとを持つ人でなければ、彼は描くことはなかった。たまたま描いてもらっても、一切の構図と費用を彼の望むままにし、その上堪え難い針先の苦痛をこらえねばならなかった。
清吉の心には、人知らぬ快楽と宿願とが潜んでいたため、清吉が人々の肌を針で突き刺す時、痛みに耐えかねて大抵の男は苦しみ呻き声を発するが、その声が激しいほど清吉は愉快を感じるのであった。
清吉の永年の宿願は、光輝ある美女の肌に己れの魂を刺り込む事であった。ただ、美しい顔、肌のみでは清吉は満足ができず、江戸中を調べても容易には見つからず、三、四年は空しく憧れながらも、彼はなおその願いを捨てずにいた。
ちょうど四年目のある夏のゆうべ、深川の料理屋の門口に待っている駕籠の簾のかげから、真っ白な女の素足のこぼれているのに気がついた。この足を持つ女こそは、彼が探していた、女の中の女であろうと思われた。清吉は躍りたつ胸をおさえて、その人の顔が見たさに駕籠の後を追いかけたが、二三町行くと、もうその影は見えなかった。
五年目の春のある日の朝、清吉の寓居に馴染の芸妓から使いが来た。見馴れぬ娘であった。清吉はその娘が探していたあの足を持つ女だとわかった。清吉は娘に顔を見たのは初めてだが、足には見覚えがあると言い、上がって行って巻物でもと見せた。それは処刑される男を眺めている妃の絵であった。清吉はその奇怪な絵を見る娘の目が輝き、顔がだんだん妃の顔に似通って来た。娘は隠れた真の「己」を見出した。さらに、男たちの屍骸を喜び見る女の絵を見せると、娘はその女のような性分を持っていますと白状した。清吉は娘に近寄り、麻酔をかがせて眠らせてしまった。娘の背中には巨大な女郎蜘蛛が彫られた。娘が眠りから覚めると、「私はさぞ美しくなったろうね」と何処か鋭い力がこもった調子であった。娘は身体の痛みを抑えて、強いて微笑んだ・・・。(c)2017 Pan Rolling
Fiction littéraire Littérature mondiale
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