(CV:桑木栄美里) 【ストーリー】 「ちょっと、明日のプレゼン資料どうなってる?」 パソコンの起動音とレーザープリンターの音が入り混じったオフィスに私の声が響き渡る。 ここは高山市内にあるソフトウェア開発のベンチャー企業。 私はその中でマーケティング部門をまとめるディレクターだ。 毎日仕事に追われ、いつも時間との戦い。 週末にはたいてい新規クライアントのプレゼンが入ってくる。 ”働き方改革”というコンプライアンスしばりのなかで必死で抗う立場の私。 報告のない部下たちに対して、つい語気が荒くなってしまう。 あ、少しイライラが残ってるかも・・・ 今朝、息子を保育園に送り出すとき、いつになくグズって大変だったからかなあ。 実は、私のもうひとつの顔は、シングルマザー。 子育てとキャリア、っていうのはフツーの生活なんてしてたら、絶対に成り立たない。 でも、それをやらないと、子供との絆なんて築けない。 私には、自分のなかで決めたことがある。 『仕事も子育ても他人(ひと)をあてにしない』 そして、 『他人(ひと)の前で涙を見せない』 いまのところ、それは守られているから、きっとバランスはとれているのだろう。 ■SE〜ITオフィスのガヤ 「プレゼンって明日だったよね・・・」 少しだけ声を落として、つぶやく。 すぐに部下のマーケターが私の前にやってきた。 デスク越し1メートルくらいの距離で私を見つめ、そうです、と答える。 たぶん、私と部下たちの距離って、このくらいなんだろうな。 他愛のないことを考えながら、彼女の顔を見る。 この子は、1年前に入社した中途入社のマーケターね。 毎回個性的なアイデアを提案してたっけ。 でも、たいてい、どこかしらツメが甘いんだな。 あ、そうか。だから、私、いつも企画を却下してたんだわ。 そんなことを思い出していたからかしら。 なんだか彼女の視線が反抗的にみえてきちゃう。 あーだめだめ。冷静に。客観的に。 「資料、見せてくれる?」 できていません、と彼女は私の目を見つめて答えた。 きょとん、とする私に、 もっと材料がないと、企画書なんてつくれません。 みんなが部長のように、ソツなくこなしていけるわけじゃないんです。 と、毅然とした態度で私を睨んでくる。 睨む?いえ、そんなわけないわ。考えすぎよ。 そう思って、周りを見回すと、オフィスのスタッフたち全員が、同じ表情で私を見ている。 え? あ、そうか。ちょっと、言い方キツかったかな。 「わかったわ。じゃあ、この案件は私が仕上げるから。 あなたたちは来週のプレゼン資料まとめてくれる?」 と言ったあとで、ふと気づく。 保育園のお迎え、どうしよう? 今朝すこ〜しだけお熱あったからなあ・・・ 外出届けだして、いったんお迎えいって・・・ 夜間保育、頼めたっけなあ・・・ でも、私には決めたルールがある。 今までもそうやって生きてきたんだ。 総務にお願いして、私がシングルマザーだってこと 個人情報として誰にも言わないようにしてもらっている。 だから、今回もなんとか・・・ ■SE〜スマホのバイブ音 あ、保育園からだ。 ソフトウェア会社だから、いつもデスクにスマホを置いている。 私にとっては、都合がいい。 慌ててトイレにかけこむ。 え?発熱? そうですか・・・はい、朝ちょっと微熱あったけど、お薬のんだら下がってたんです。 いまから?・・・そうですねえ・・・あ、いえ、わかりました。 すぐ向かいます。 部下たちには、商品サンプルをとりに行くと言って会社を出る。 保育園に行くと・・・ よかった、意外と元気だ。お熱は・・・やっぱりまだ少しあるわね。 夜間も病児保育ができる施設をさがさないと。 え?なあに?どうしたの? おなかすいた・・・? そっか、じゃあコンビニでおにぎりとスープ買っていこうか? ママのごはんが食べたい? そう・・・ よし、じゃあ、お買い物して、消化にいいもの作ってあげる。 そうそう、今朝ママが保育園の先生に送ったお手紙、読んでもらった? まだ? あら、先生、忘れちゃってるのかしら。 明日、あなたのお誕生日でしょ。 だからね、ママ、会社が終...